Quietworksの改め文工房

このブログは結果無価値論者の改め文遊びを淡々と晒すものです。過度な期待はしないで下さい。

刑法学と性的自由と表現規制の不幸な関係 (1) 誇大広告としての「性差解消」と現行法を過小評価する「厳罰化」 (2/2) #刑法 #性犯罪 #表現規制

そもそも「性交」と「姦淫」は同一か?

ここまで、何の説明もなく「性交」という語を用いたが、現行法は「姦淫」という語を用いている。改正案では「姦淫」を「性交」と言い換えた上で、罪名も「強姦罪」から「強制性交等罪」に改められる。

「姦淫」の場合、「男女の交わり」の前に「不正な」という修飾語が付く*1。外形的要件とは別に何らかの実質的な反価値性を求めている。「性交」の場合、「不正な」という修飾語は付かない。単に「男女の交わり」であり、純粋に外形的要件だけで定義している*2。改正後の「強制性交等罪」においては、「性交」以外の要件だけで違法性を説明することになる。

確かに、「性交」と判例上の「姦淫」の違いは、加害者が「暴行」や「脅迫」を用いたか、被害者が「抗拒不能」や「心神喪失」だったかなど、加害者が「性交」に至る過程や被害者の状態・身分だけである。これらが「姦淫」とは別に規定されている要件であることを考慮すると、「性交」との関係は、意味の違いではなく、単なる使い分けということになり、「姦淫」を「性交」と言い換えても運用上の大きな変化は起きない。社会通念的にも、「性的好奇心」のような不道徳な動機に基づくことを「不正」と捉える保守的な考え方が主流となっていて、この場合に至っては、「性的自由」を重視する観点から、むしろ言い換えた方がよいという結論に至る。

しかし、前述の比例原則の観点を持ち込むと、やや事情が異なってくる。「性交」が「不正」ではないことを前提にすると、「強要罪」と「強制性交等罪」の法定刑の差の説明が付かなくなる。

「暴行」や「脅迫」を要件とする犯罪は、他に「強盗罪」が挙げられる。「強要罪」と「強盗罪」の間の法定刑の差は、後者が相手の財産を失わせる行為であることから説明が付く。「暴行」や「脅迫」によって相手の意思を侵害しただけでなく、財産権を侵害したからこそ、刑が重いのだと。「強要罪」と現行の「強姦罪」の間も、「暴行」や「脅迫」だけでなく、「姦淫」自体に何らかの「不正」があるという暗黙の了解があるからこそ、重い刑が容認されている。

そして、被害者にとっての「強姦罪」と「強要罪」、「姦淫」と通常の「性交」の違いは、恐らく、心身への有害な影響の深刻度であろう。被害者は、「強要罪」で生じないような身の危険と性的不快感が生じたからこそ重い刑を求めているのであり、単に意思に反しているからという理由で重い刑を求めているのではない*3。「強姦罪」とは、「自由に対する罪」と「身体に対する罪」、それに「性的羞恥心に対する罪」が結合したものであり、これを「性的自由に対する罪」の一言で片付けるのは早計である。

ここで、もう一つの問題点が見えてくる。「強姦罪」が「強制性交等罪」に、「姦淫」が「性交」に改められることで、前述の「不正」という要素が抜け落ち、「強姦罪」が単なる「性的自由に対する罪」になってしまう。語呂の悪さもさることながら*4、「これをするな」というメッセージが弱まり、外形的な同意の有無だけで行動したり、或いは有罪・無罪の評価を下すようになる。これは、性犯罪の抑止という観点からは問題視されるべきではないか*5

無論、現行法の「姦淫」という語も何を以て「不正」とするのかが不明瞭で、一歩間違えば「性的好奇心」のような単に不道徳な動機に基づくことを「不正」と捉える前近代的な解釈に戻りかねない。だからといって、より不明瞭な方向に改正するべきではないだろう。

「姦淫」の現代的意義における「不正」とは、前述の被害者にとっての「強姦罪」と「強要罪」、「姦淫」と通常の「性交」の違いを踏まえるならば、身体や性的羞恥心に対する侵害や危殆化を回避すべきであるにもかかわらず、その原因となる行為をしたことである。回避すべき結果を予見して実際に回避するプロセスこそが重視されるべきであろう。

従って、もし「姦淫」という語を使いたくないのであれば、行為の外形的要件だけでなく、回避すべき結果、危険の発生を条文に書き込んで具体的危険犯に近い形で規定すべきである。これにより、「性的羞恥心に対する危険を生じさせた」から「強要罪」より重く、「身体に対する危険を生じさせた」から「強制わいせつ罪」よりも重く罰するのであると宣言することが可能になる。(続く)

更新履歴

  • 前の版: なし
  • 2017-05-24 28:00 刑法学と性的自由と表現規制の不幸な関係 (1) 誇大広告としての「性差解消」と現行法を過小評価する「厳罰化」 (2/2) #刑法 #性犯罪 #表現規制

一括表示 始めに戻る

*1:広辞苑』の場合

*2:余談だが、「性交」には、「常にお互いの合意による」という要件もない。「不正な」ものや「合意と尊重がない」ものに「姦淫」や「性暴力」という語があるたために「性交」という語が使われないだけで、あくまで「性交」が上位概念、「姦淫」が下位概念である。

*3:はずである。

*4:もう少し造語力を磨くべきである。あと、括弧書き定義やナカグロも刑法の条文としてはイレギュラーである。

*5:このコメントが参考になった。強姦罪のままで良い。語呂も悪く、意味が伝わりにくい用語では軽い印象になる。言葉は時代と共に意味も変る。条文の修正だけで問題ない。反対。 - daisukejapanのコメント / はてなブックマーク